釣果報告の通り、週末は釣りにいそしむ毎日が多い今年ですが、忘れられない出会いがありました。

 いつもの場所で釣りに勤しんでいた朝6時頃でしょうか、自転車に乗ったおじちゃんが近づいてくるので、心の中では”まだ始めたばっかりです”って返答の臨戦態勢。1時間過ぎてますが、釣れてないんでちょっと不機嫌モードなんで。

 釣り場で話しかけてくれるおじちゃんは2人いるんですが、一人はS藤さん。自転車に乗ってるのはS藤さんだけなので、さっそく来たのかなと思いきや、いつもと違う金髪!
 まさか、あの人が髪を染めたのかなと思いながら、ちょっと老眼があいり、朝市でピントが合いずらい目をカット見開くと、やっぱり見知らぬおじちゃんです。よくある会話は、”釣れてますか?”、”いつからやってるんですか”ぐらいのことで、返事すればそれぐらいで終わるのがよくあるパターン。

 ところがこの人、そのあともずかずかと話し続ける新しいパターン。釣れないので、まあ、こういうこともあるかとお付き合いしていると、何やら面白いことを話し始めるので、こちらも少しお話しする気持ちになってしまいました。おじさんは、大変興味深い話をしてくれたので、外観の特徴と敬意を込めて金髪先生とします。

 この金髪先生、最初は釣りの話から始まりましたが、ご自身では釣りはしないとのこと。釣り場近くで数日前に50cmはあろうか、これはあくまで金髪先生の両腕の幅からの目視感覚ですが、青物を釣ってる人がいたよとのこと。釣り人にとって、最近釣れないなか、秋口に入ってきて釣果がのびないかなーと思う釣りバカにとってこれはいい情報。うれしい報告なんで、釣り人ながら、金髪先生に食いついてしまいました。

 ところが、話を続けるとこの人は地元の人ではないらしいんです。釣り人でなく、チャリンコでないのに地元民でもないこの金髪おじさんは何?浮きが微動だにしない中、ちょっと失礼ながら、餌は取られるのでオキアミをつけつつ、手返ししながらお話を続けます。

 この方、定年ちょっと前の海無し県の住んでいるとのことで、元サラリーマン。この金髪からして、お勤めは会いえないと思って聞いていると、40半ばで脱サラしたとのこと。理由は人間関係のこじれからのウツで、一念発起して資格を取得し、現在はフリーで働いているとのこと。

 何とも自分の心内を見透かされたような、なぜこんな話を今、この時に、釣り人でもないこのチャリンコおじさんと30分以上出来るのか、振り返ると狐につままれた様で・・・

 家族もありながら、お子さんもいながらの紆余曲折、大きな決断と、人生の荒波を聞きながら、底抜けに明るいんですね、この人。冗談も言いながら、自虐ネタも織り交ぜながら、なぜこの心内の私に朝6時過ぎのほぼ誰もいない釣り場で話をしてくるのか、それも地元でもないのに。私のために自転車をこいで話をしに来てくれたのか?

 何かを暗示させるようで、先導されるようで、大きな後光に見える朝日を見ながらの説法でした。私は数年来、仏教本をたくさん読んで、人生の道しるべはないかと悩んで悩んでの毎日です。そんな中の、この金髪先生ですから、この人は観音様の化身ではないかと思いました。

 仏教を学べばわかりますが、如来は悟りを開いた人で、釈迦如来や大仏如来なんかが有名。如来は直接困った人を助けてはくれません。慈悲の心で見守る様な存在です。一方、悟りを開く前の人が菩薩です。修行中の人はみんな菩薩ということになりますが、特に如来間近の菩薩で有名なのが観音菩薩。観世音菩薩とも言い、般若心経で、観自在菩薩・・・ って何度も出てくるのが有名。菩薩で一番有名なのはおそらく観音菩薩で、一般的に観音様と呼ばれ、十二面観音や千手観音など、助ける様によって、その姿を変えるのが特徴的です。ちなみに、菩薩で次?に有名なのは地蔵菩薩です。お地蔵さまも菩薩です。

 菩薩は修行中と言いつつ、困った人を助ける存在でもあります。助けることで修行を積み、如来を目指すというのが、一応の定義です。特に、観音菩薩は如来の力量はありながら、会いえて人を助けるために菩薩であり続けるというありがたい方で、それがゆえに圧倒的に人気があるんです。

 うんちくはこれぐらいにして、”その”観音菩薩が目の前に金髪先生として表れ、ご説教されたのだとふわふわした気持ちになりました。説教は現代語ではネガティブですが、本来の意味は文字通り、教えを説かれる内容ですから。

 この金髪先生はなぜ朝の6時に、釣りもしないのに、釣り場に現れ、この私の、ウツで脱サラで、底抜けに明るく話しかけたのか・・・

 ここ数年来、こういう言葉では計り知れない、説明できないことが起きるんです。意味深いお話、出会いでした。聞く限り、海無し県在住ながら、しばらくは釣り場近くに滞在することなので、また釣りに行ったら出会えるかな?と心待ちにしたい出来事でした。なぜ、この時に、この場所で、この私にあったのでしょうか。一期一会なんでしょうか。