水害
春先からの釣りはさんざんだ。
緊急事態宣言と解除後の天候不良(特に強風)、たまの出陣は小鯖にやられる。
今回は釣り記事ではないのであしからず。
・・・
昨年は2度の台風で千葉は大きな被害を受けた。
その前には西日本の広範な地域が豪雨災害を受けた。
さらに数年前には鬼怒川の堤防が決壊して、茨城の常総市が茶色く染まった。
3.11は既にほぼ十年前。
明日は我が身と思いながらテレビを見る。
自分が被災者になった時に何を感じるのか・・・
考えてしまう。
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良寛さん
自然災害のニュースを見聞きするたびに思い出す言葉がある。
災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
死ぬ時節には死ぬがよく候
これはこれ災難をのがるる妙法にて候
江戸時代の僧侶、良寛さんが残した言葉だ。
昔の日本語だが意味は分かる。
この言葉を何度も何度も咀嚼(そしゃく)すると、その凄さが伝わってくる。
苦境に立った時には、それを逃れようとしても逃れられないし、立ち向かっても克服できるものではない。
ただただ、その時に出来ること・出来ないことをかみしめながら日々過ごすしかないということだろう。
「死ぬ時節には・・・」
仏門に入った僧侶らしい。
ひとたび被災者になれば、テレビの向こう側に自分も立つのだ。
漠然とそう考えるものの、それでは割り切れない気持ちがある。
体育館に雑魚寝が避難場所では当たり前となっているが、それで耐えられるのだろうか・・・
乳幼児を抱えた家族、持病を持つ人、障碍者や高齢者が熱帯夜でエアコンもない硬い板の間(体育館)に避難している。
健常者でもこんな梅雨時・真夏・真冬にあんな所にいれば体調を崩すだろう。
夏場であれば、体育館に網戸はない。
蚊に刺されるだろう。
子育てした人ならわかるだろうが・・・
乳児は数時間ごとに泣くのが常だ。
エアコンもない体育館で、1日も経つてばお尻がかぶれてあせもだらけだろう。
高齢者は眠りが浅く・トイレが近い。
プライバシーはほとんどない環境でどのぐらいの期間過ごすのだろう・・・
九州の梅雨が明けたそうだ。
そんな環境で生活できるだろうか?
災害大国
我慢強いのかはわからないが、現状を良しとしてしまうのはいかがなものか。
テレビのこちら側の日常は変わらず・・・・ いつも通り快適だ。
エアコンの効いた部屋で災害情報をボタン一つで見ているのだ。
被災者以外の多くの人はそうだろう。
我が家にも小さいながら、普段はあまり使わない6畳の畳部屋がある。
いつもは洗濯物を部屋干しする程度の部屋で、いつの間にか荷物が溜まる。
この6畳のスペースが被災者にとってどの程度価値があるのだろうか。
6畳の部屋であれば2~3人程度は十分泊まれる。
(ビジネスホテルでもツイン・ダブルは6畳部屋ぐらいだろう)
お風呂もトイレも洗濯機も冷蔵庫も・・・・
すべてが日常だ。
被災者にとっては天国の様な環境であろうが、特段特別なものではない。
被災者以外の住居の内、ワンルームでもない限りこういうスペースは沢山ある。
田舎であれば子供が出て行った大きな家に夫婦二人・・・
部屋は沢山空いているだろう。
こういうスペースを活用することを政府は考えないのだろう。
オリンピックのホテル不足から民泊が生まれたなら、被災者とホストファミリーを結びつける仕組みを考えられないだろうか。
事前にホストファミリーはどういうスペースを提供できるか登録する。
エレベータやペットの有無、人数やアレルギーなどの情報を登録する。
ひとたび災害が出れば、被災自治体の職員は被災家族の情報をシステムに入力する。
簡単にマッチングできる。
被災者家族はホストファミリーへ臨時バスや交通機関でピストン輸送される。
ホストファミリーでの生活は体育館の板の間とは全く違う。
ホストファミリー側はボランティア精神が基本だが、持ち出しも発生する。
被災家族構成や特性の応じて、共同生活を送る期間に合わせて補助金が出る。
例えば、被災者のために新しい寝具や衣服・身の回りの生活用品の購入に初期費用を提供する。
それ以降は食事代や追加となる光熱費を期間に比例して補助する。
利点や現在の避難場所との差は大きい。
避難場所ははっきり言えば、キャンプ生活のようなものだろう。
たまのキャンプでテントの中に一日寝るのは楽しいかもしれない。
一晩、蚊に噛まれるぐらいのアウトドアは楽しいかもしれない。
でも、レジャーのキャンプと被災生活は全く違う。
ホストファミリーの普段の一間を間借りする。
気を遣うだろうし、トラブルもあるかもしれない。
ただ、避難場所とは・・・ 雲泥の差だ。
電話と紙で情報のやり取りをしている場合ではない。
しっかりしたITシステムが必要だ。
ただ、一度作れば水害だろうが、地震だろうが・・・ どんなときにも使える。
新たなハードを作る必要は何もない。
新しい避難場所を作る必要もないし、公園のベンチを臨時のトイレにする必要もない。
被災者をホストファミリーへ届けるのに一部臨時の交通機関は必要かもしれない。
被災地は交通事情が悪く、そのエリアの脱出には自衛隊の輸送が必要かもしれない。
でも、それ以降は新幹線や電車などの既存のインフラで対応できる。
被災地自治体は、地元に残る被災者と被災に掛かる行政サービスに集中できる。
被災ホストファミリーにはそれほどのお金がかかるとは思えない。
何よりも被災者の生活レベルが極めて高い。
こんなことが出来たら日本人としてうれしい。
オリンピックで日本はスゴイと言われるのもいいが、高齢社会先進国・自然災害大国だからこそ日本はやっぱり進んでいる。
そういうことが出来るのが日本であると嬉しい。
コロナではなぜか死亡者少なく、”不思議の国”と思われている日本。
副総理の言う”民度が高い”国なら出来るのではないだろうか・・・
特別定額給付金を辞退するよりも、彼らの豪邸・別荘に多くの被災家族をぜひ引き受けて頂きたいものだ。
ちなみに、副総理の地元は福岡で、豪雨被害の九州で近い。
トラブルや課題は沢山出てくるのはわかっている。
(何をやってもクレームばかりの社会もいかがなものか)
でも、こんなことが出来る社会は進んだ国だろう。
進んだ社会とは強者に住みやすいのではなく、弱者をいたわることが出来る世界だ。
個人では難しいからこそ、国家が代わりにやる。
国家しかできないことを国で議論し、そして実現してほしい。
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