子供の成長は私の生活の最もうれしいことです。成長と言っても、親が望むようになることが全てではありません。首をかしげたくなるような行為であったり、親への反発であってもそれは一人の人間の成長の過程であって、無駄な道ではありません。むしろ、人間は無駄な事、非効率的なことを行う生き物であることを思い返せば、二歩進んで散歩下がろうが、それが人生なんです。

 食事をとって、やる睡眠をとり、趣味に時間を費やしたり、衝動買いするなんて、効率的であるはずがありませんが、それが楽しい、スカッとするのが人間でそうであるのが人生です。

 効率性や生産性はプライベートで考えてはいけません。それは仕事上の話で合って、普段の生活では考えてはいけません。人間はロボットではないんです、子供と一緒にいるとよくわかります。
 歌を歌ったり、絵をかいたり、兄弟で遊んだり、喧嘩したり、愛らしく穏やかな子供をみると、こういう時間こそ大切なんだと分かります。われわれ大人だって、そういう時間を子供の頃に過ごしていたんです。そういう数値に置き換えられない時間や経験が人間を感情豊かで穏やかな人格に育て上げるんだと思います。その中で特技が出てくるでしょう、趣味が出来るでしょう、友情が深まるでしょう、思い出が出来るでしょう。お金では買えません、これが人生で大切なんです。

 子供の時間の過ごし方を見ると、イライラすることがよくあります。毎日は9時に子供を寝かせるために、宿題とごはん、風呂、明日の準備を学童から帰ってきて2~3時間の間に終わらせないといけません。てきぱき行動してくれないと、時間はあっという間です。親がイライラするとせっかくの楽しい時間が一気にどんより暗い時間になってしまいます。でも毎日同じ様な事を忘れるんですよね。

 1か月、2カ月過ぎると出来なかったことが何事もなかったように出来るようになる。なぜそんなことに叱っていたのか、悲しくなります。工夫が大切ですよね。自分で紙に書かせるなんてことは時々やります。洗濯物にティッシュペーパーを入れたままにするのが続いた時には大変困りました。洗濯機も掃除しないと行けませんし、洗濯物をたたむ時にもカスが大量に出て大変です。

 そんな時には洗濯籠の前に、壁紙を張るようにしました。壁紙は自分で作らせて、色遣いを使い分けたり、絵をかいたりして注意喚起させるように工夫させます。自分で書いたので、よく注意しますし、将来他の問題にも自分で対応できるようになるでしょう。

 育児書を読んで学んだのは、子供は自分の従属物と見たり、下に見てはいけない。同じ人間で同等とみること、と言うことです。こう考えるようになりました、30年前の時分だと。自分の子供時代を我が子が目の前で再現してくれているのだと。うまくいかない事、イライラさせること、苦手な事は自分自身の鏡です。自分を否定してもしょうがないのです。むしろそういう自分とうまく付きあっていく事に喜びを感じれる余裕を持ちたいです。

 100点の人間ではない自分、100点の子供はいません。点数なんて関係ない、毎日楽しくご飯を食べて、お話をして、ゲームをしたり、宿題の丸付けをする。なんでもないことが幸せです。子供の成長を自分の成長として追体験する。自分がなぜこんな自分なのか、なぜこういう性格なのか、自分のコンプレックスと思っていることがなぜ生まれたのか。子供を通じて自分を見つめなおす最高の機会になります。

 子供の目線で、子供の時間で考え、子供の望むことを考え、親ではあっても一人の人間として子供と接する過程で愛情を注ぐ。あの生まれたての愛くるしい我が子と今の大人びた我が子、30年以上前の自分自身を重ね合わせ、無常の愛、慈悲の心でみんなを包み込みたいです。

 幸せは向こうからやってきたり、自らつかみ取ったりするものではないと思います。今の生活の中に見つけることだと思います。いかに幸せなのかを自分で感じ取れることが既に幸せなんです。求めるものではなく、今そこにあることに気付くことが出来ると、気持ちが楽になります。ああ、なんと幸せでしょうか。