私の田舎のJRは改装工事なんてほとんどやらないので、大学で地元を出るまで最寄駅だけでなく、近くの大きな駅舎ですら工事してるのを見たこともないですね。


 ところが、関東の鉄道は、地下鉄と言わずJRと言わず駅舎も通路も何もかもがズット工事ばかりしていて、覆いがとれてきれいになったと思えば、少したってまた囲いが出来て、気付けば鉄筋コンクリートが出てきたり。


東京駅の八重洲口もいつからか覚えてないぐらいずっと工事をしてましたが、空襲で焼失・破壊された駅舎の復元工事が完成したなんてニュースで見て初めて、ああこういう工事をしてたんだと知るばかり。

プラットフォームも、地下通路の壁も駅舎から何からずっと何かをいじってますよね。完成形は何で、いつ終わるのかとため息が出るのと、工事が始まると通り道の幅が狭くて往来の肩がぶつかりそうでストレスを感じたりです。

これが都会の都会たるゆえんで、オリンピックに向けた何がしかの工事がこれからもずっと行われていくんでしょうね。


 それにしても、地下であるにもかかわらず、崩落事故何てものを聞いたことがないし、工事のためにダイヤが止まるようなこともなく、当たり前としか思わないですが、裏方さんのご苦労は想像を遥かに超す大変な作業でしょうね。

なんせ、地上ではなく地下の作業なので、ここを掘り進めたら必ず目的地にたどり着く自信がどこにあるのか、GPSも使えませんしね。

昔の採掘も縦横無尽にあるはずなので、誤ってほったら誤って土管やパイプを破損したなんてことはやはり静かに、確実にいろんなところで起きているんでしょうね。

それを計画的に、最終的に期限通り間に合わせるのはよっぽど大変でしょう。

一方で天候に左右されず、昼夜構わず作業できるから気楽なもんだよという事もあったりするのでしょうか?


 それにしても、地下に食堂が出来てATMがあり、天気に関わらず昼夜を問わず照明がついているので、完全に人工的な世界で自然は皆無。無機質で人間味のない空間ですよね。

地上であれば観葉植物や街路樹があり、季節を感じることが出来ますが、地下だけはそういうわけにいかず、閉塞感在りで淀んだ空気がまとわりつく感覚がどうも好きになれません。

便利便利と言いながら行きつくところはどこまで行くのかと思うと末恐ろしいですね。

最近は高速道路や水道管などの社会インフラの老朽化が問題とされていますが、この地下の構造物も所詮は
人間ごときに所業に過ぎません。

何十年か経過したときに耐久性を超えてしまったら、どうなるのでしょうか・・・


 地上も都心はどんどん変わりますね。丸の内も新橋も渋谷も再開発が進み、何処にその活力という名の資本があるのかと思うぐらで、私には不気味ですね。

既にあるビルをわざわざ壊して立て替えてまでして、事業費がペイできる社会がいつまで続くのか。資本主義は右肩上がりしか許さないのでしょうか?成長無き社会の維持が資本主義で許されることを強く望みますがね。

人口が減り始めた日本は、人間でいえば40を過ぎた頃でしょうか?まだまだ元気に生活できますが、そろそろ考え方は現実を見据え、あちこちの故障という名の病気と付き合いながらも穏やかにゆったり過ごすことが出来るような、新しい心のありようが求められています。

それが出来ない中年は、体がボロボロになってしまうんではないでしょうか?